アメリカ独立革命では、独立戦争によって、13植民地の人びとはイギリスの支配を拒否しアメリカを政治的独立に導くことに成功した。1775年、革命派は13植民地政府の全てを掌握するとともに、政治と立法をおもに担当する第二次大陸会議、および軍事を担当する大陸軍を発足させた。1776年には、基本的人権と革命権に関する前文、国王の暴政と本国議会・本国人への苦情に関する28か条の本文、そして独立を宣言する結語から構成されるアメリカ独立宣言を発した。なかでも、「全ての人間は平等に造られている」と謳い、不可侵・不可譲の自然権として「生命、自由、幸福の追求」の権利を掲げた前文は、アメリカ独立革命の理論的根拠を要約し、のちの思想にも大きな影響を与えた。
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フランス革命では自由・平等・同胞愛の近代市民主義の諸原理が掲げられ、その後の市民社会や民主主義の土台となった。ラファイエットによって起草されたフランス人権宣言では、人民主権と機会均等の教義、個人主義、ルソーによって理論化された社会契約の思想、モンテスキューによって支持された権力分立といった啓蒙時代の哲学的、政治学的諸原理が盛り込まれた。
フランス革命のさなかに歌われた「ラ・マルセイエーズ」はきわめて愛国主義的な内容の歌詞であり、のちにフランス国歌となった。また、フランス革命期およびそれ以降、「国民(ナシオン)」という言葉はきわめて多用されるようになったことからも、それがいっぽうでは国民国家形成への血のにじむ営みであったことがわかる。
その後、「フランス革命の申し子」ナポレオン・ボナパルトによってフランス民法典がまとめられ、一方ではその軍事力によるヨーロッパ支配が試みられた。ナポレオン戦争である。ナポレオンの野望であるヨーロッパ統一国家の構想は、かれの敗北によって瓦解したが、ナポレオン戦争の過程で、民主主義、近代法、特権階級の廃止などのフランス革命思想が、ヨーロッパ各地やラテンアメリカへ伝播した。民法典は、旧体制の復活の後も各国に残された。